謎解き 伴大納言絵巻

読みごたえがあり、歴史好きで絵巻に興味を持つ方は楽しめる本です。じっくり読めば、歴史家の考察はこのようなものかとうならされる本だと思います。しかし内容が書名に合致していないとか、一部の専門家の間では結論が既に常識だとかいう意見があるようですが、誤解されています。そもそもこの本は、後ろ向きの「謎の人物」が誰なのかについて既に解明されたはずの謎を、著者が初めて解いたように見せた本なのでしょうか。それは違います。この書では研究史をたどり、何故「謎の人物」が生まれてしまったのか、そしてそれを解き明かす指摘をした山根有三氏の仮説を高く評価しています。しかし、山根氏の指摘に気付かない研究者が、勝手な「謎解きゲーム」を続けたので、これらの研究者は山根氏の論考を踏まえるべきだと黒田氏は訴えているのです。つまり研究の方向性を正しい方へ向かわせようとしているのが前半の趣旨だと思われます。ただ、批評の厳しさに異議がある方はいると思いますが…。そのうえで後半では絵巻の表現を読み解き、脱落部分の復元案を示します。他にこのような案を示された方がいれば別ですが、これは立派な「謎解き」に値すると思います。つまり他の研究者の説を批評するだけで「謎の人物」が誰かを判断した本ではないのです。それなのに前半が変な取り上げ方をされ、何やら二番煎じの本であるかのような誤解がされるのは、著者にとって不本意でしょう。全体の内容からこの本の意義を考えるべきです。その意味では、黒田氏の復元案に対し、専門家の間でどんな評価がされているのか興味があります。さらに、入手しやすい絵巻のテキストを紹介するなど、一般読者をも対象とした本です。だから専門家にとって既知である研究史などの内容が含まれていてもおかしくはありません。そして間違いなく力作です。<追記>最近知りましたが、日本文学研究者によって、『謎解き』に次のような評価がされています。「伴大納言絵巻の研究史は、黒田日出男により詳細に振り返られ考究されることにより、それまでの、いわゆる〈謎の人物〉の解明に重心が置かれていた状況から解き放たれて、新しい段階に入ったといっていい。さまざまな研究の可能性を拓いてみせた、といっても過言ではないだろう。」（山部和貴「『伴大納言絵巻』の絵と詞書：「東七条」の二人の妻の姿から」（『藝文研究』９５、２００８年）『謎解き』が文学研究の進展に寄与したことがうかがえます。